『本当はひどかった昔の日本』大塚ひかり著 を読む
以前も著書を読んで面白かったので、新潮文庫化したこの本を買いました。「昔はよかった」とつい考えがちだけれど、本当にそうなのか。大塚さんは古典に描かれた世相や人物を読み解いて「意外とゲスい日本」を教えてくれます。でも否定的ではない。その語り口や解説一つ一つににじみ出る古典への愛情が、悲惨すぎる内容を読みやすく中和しています。
出てくるのは、子殺し、介護地獄、ストーカー殺人、ブスへのひどい仕打ちなど。ご先祖様たちはこんな社会を生き抜いてきたんですね。現代の事件やテーマと絡めて章立てされていて、延長線にある今の社会を否応なく連想する作りです。これを読むと、昔は良かったどころか凶悪犯罪や差別が蔓延していたのだとわかります。
でも、この本の真髄は悲惨さの強調ではありません。かといって現代の素晴らしさを押しつけるわけでもない。むしろ昔のざっくりした大らかな考え方を知るにつけ、今どれだけ「あるべき倫理」に縛られているのか、じわじわ感じるのです。
たぶん、40代以上の人のほうが共有しやすいです。小さい頃や若い頃は今ほどコンプライアンスが厳しくなく、笑い飛ばせる領域が比較にならないほど広かった。たしかにきつい扱いを受けることもあるけれど「べき」と規程される項目は少なくて、人対人の裁量でうまく切り抜けていた感じ。大塚さんの文章を読むとあの頃の感覚を思い出します。
若い人は違った読み方ができそうです。禁止事項が極端に少ない時代が本の中に生きています。吸い込むと知らない空気が体に入ってくる。同じ日本でもこんなに自由でよかったのかと目からウロコが落ちるかもしれません。
「はじめに」の言葉が象徴的です。
善悪を問わず、現代人がやったていどのことは、とっくの昔に誰かがどこかでやっているものです。
現代で凶悪だと騒がれていることは、何百年も前にもっと凄まじいレベルで誰かがやっている。この本はそんな例のオンパレードです。それでも社会が回って子孫につながって私たちの血になっている。
欲望もそうです。「お金も権力も欲しい」「もっとモテたい、美しくなりたい」という欲について何百年も前から必ずみんなが悩んでいて、歌や日記で残っている。「そんな欲を持ったら欲張りなんじゃないか」とか「人間的に小さいんじゃないか」という悩みはあまりない。当たり前のように即物的な欲望があって、行動して、失敗して、記録に残っている。
全編、大塚さんが朗らかに「金も権力も、美も色も否定しない。そんなしゃちほこばって考えなくてもいいじゃない」と笑い飛ばしているようです。人として当たり前だし、昔からそうだった。
読み終えてとてもカイホウされました。解放なのか開放なのか、両方なのかは判然としません。でも縛っていた鎖のようなものがパッと取れた気がします。
「あとがき」で、大塚さんは執筆作業について
作業を進めるにつれ、奇妙に勇気づけられる気持ちになった
と書いています。ひょっとしたら大塚さんが考えたポイントとは違うところかもしれませんが、私も「ああ、そうそう、わかる」とうなずきました。心が萎縮してしまった人ほどこの1冊が効くと思います。
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