世紀末に読んでいた99冊 その6

世紀末に読んでいた99冊 その6

「10冊読んだらレビューをアップしていい」という縛りを自分にかけていた95年〜98年ごろのレビュー第6弾です。年齢にすると23歳〜26歳くらい。 記述は当時のままです。その5をアップしてから11カ月経っていました。まだ折り返し地点だというのに。今回は小説が多いです。

51 落下する夕方 江國香織・新潮文庫

落下する夕方 (角川文庫)

落下する夕方 (角川文庫)

これかあ、J文学というのは。小説なんだけど、今まで読んでいたものと比べるとどこか散文的な感じもする。1、2行で段落が変わって場面がどんどん転換する。そこでの人物の行動が画面に映えそうな象徴的なことだったりする。
小説はそこで起こっていることが作家独自の文体で描写されていて、読者はそれを元に人物の心理を想像するものだと思っていた。この小説はまず人物がやっていることを頭の中で想像して、さらに描写以外の心理を想像させる。場面がぽんぽん飛ぶので、その間のことは自分で想像しなければいけない。あまり使ったことのない頭の筋肉を動かす感じで読むのに少し疲れてしまった。
文章はとてもお洒落で透明感があって、それはそれで独特ではある。でもあまりにも血の気がなさそうな人物が多いので共感するまではいかなかった。この作品全体が大きな一つのオブジェであって、人物や設定や文体はそれを構成するための装置の一つでしかないような気がした。人物がどうだ、背景がどうだと絵を近くで事細かに観察しないで、ちょっと離れたところから絵全体を楽しむのに似ている。読み終わったときに受けた「雰囲気」が一番の核に見えた。

52 「買ってはいけない」は嘘である 日垣隆・文藝春秋

「買ってはいけない」は嘘である

「買ってはいけない」は嘘である

また買ってしまった。改めて手に取ってみると結構軽い。B6判で800円だけれども、これは文庫で出しても充分な中身なんじゃないか。
映画のパロディのように、オリジナルを知っているともっと楽しめる本。テキストとして『買ってはいけない』を買っておかないと意味がない本でもある。内容は具体的な引用をしていて辛辣。どちらかと言えばこちらの本に軍配を上げたい。『買っては〜』で科学的とされている根拠を丁寧に潰していって、あの本がいかに極端な例を引き合いにしているかを述べている。
ラットによる実験で死に至った、という記述については「ラット実験はどこまで与えれば半数が死ぬのかという限界実験。死に至るのは当たり前」とばっさり。テフロン加工のフライパンは300度以上になるとテフロンが分解する危険性がある、という記述については「買ってはいけない、のではなく、空炊きしてはいけないと言えばいいだけの話だ」などなど。そりゃそうだ。
環境ホルモンの精子への影響については、章を立ててその事実がまだ確定的ではないことを述べている。理系の話が苦手な自分でも納得しながら読める。頭の片隅で、たぶんこの論理にも誰かがケチをつけてるのだろうと思いながら。他人の喧嘩を外から見ているのは気楽でいいや。

53 天皇の影法師 猪瀬直樹・朝日文庫

天皇の影法師 (朝日文庫)

天皇の影法師 (朝日文庫)

一応、大学の先輩にあたる。でもこの人の本を読んだのは初めてだった。資料と証言によって裏打ちされた描写はかなり詳しい。読みやすいノンフィクション。
この本の天皇とは大正天皇、崩御の際の裏側をいくつかの的に絞って、どんな混乱があったのか、どんな思いが込められているのかが書かれている。
元号が「昭和」になるまでの紆余曲折は全く知らなかった。地方新聞が「新元号は光文」と発表してしまって大騒ぎになっている。崩御に至るまでの記者発表やそれぞれ独自の筋から追った話が入り交じって、フライングで「光文」を出してしまったらしい。
「平成」が出るときもみんなでやきもきしたものの、この種の決め事はつつがなく進んでいくのが当たり前だと思っていた。でも舞台裏は人間くさい。70年近く昔のことがこんなに詳しく分かるものなのか。

54 マクベス シェークスピア 福田恒存訳・新潮文庫

マクベス (新潮文庫)

マクベス (新潮文庫)

9月に新国立劇場で鹿賀さんが『マクベス』をやる。ただそれだけの理由で買い求めた一冊。そうでもなければ絶対手にしていないな。『マクベス』は小田島訳のものもあるらしい。でもなぜかこちらの評価の方がよく聞こえてくる。文庫化されたのはもう30年以上前になる。
どうも翻訳調と言われる独特の文体は馴染めない。シェークスピアと聞いても見るならともかく、読むのは勘弁、という感じだった。でも自然な日本語で書かれているこの本はいい意味で期待を裏切ってくれた。やろうと思えば俗っぽい話し言葉でも伝わるかもしれないけれど、格調高い詩的な表現で書かれているので気持ちがいい。ストーリーを追い終わった後に台詞の一つ一つを見直して感心する。
何もない舞台を観客の想像だけで違う世界にしないといけないんだもんなあ。シェークスピアも偉いけれど、訳者も偉い。同時に日本語の深さも実感する。

55 鏡子の家 三島由紀夫・新潮文庫

鏡子の家 (新潮文庫)

鏡子の家 (新潮文庫)

これも分厚い。564頁もある。資産家の令嬢である鏡子の家に集まる友人たちの、逡巡と結論。章によって主人公は入れ替わっていく。どの人間も自分に対する分析を欠かさない。三島の小説だから仕方ない、というか分析したあとにどうやって世間と折り合いを付けていくかの心理描写がこの人の味なんだろうな。
鏡子を含めて主要な4人はそれぞれ性格も境遇も違うのに、妙に冷めた感じでいるところは似ている。一歩離れた雰囲気が小説のカラーを決めている。情景は詳しく書かれているのに中の人間たちが重くない。それでいて軽いわけではない。淡々としている。
人物たちが流されていく速さが、今まで読んだ三島作品の中で一番自分に合っているような気がした。

56 黒い家 貴志祐介・角川ホラー文庫

黒い家 (角川ホラー文庫)

黒い家 (角川ホラー文庫)

388頁。加えて字が小さい。何が怖いって、読んでいるうちに「これから何かが起こる起こる起こる」という予感がして、それが全く外れないこと。何気なく読んでいて、いきなりグロテスクな場面やショッキングな場面に出会うと学習してしまう。先に進んでまた同じような匂いがしてくれば構えるでしょう、そりゃ。
その場面を読んでいるときよりも、読む前が怖い。何だかイヤな感覚がある。でも読まないことには終わらないので我慢して読む。するとやっぱり予想していた(あるいはそれを上回る)グロテスクシーンがポンと出てくる。ひー。
映画館でなんて見れません。怖くて。原作読んで次にどうなるか分かっているのに、それを確かめるために暗いところで閉じこめられて見るなんて絶対イヤだ。

57 恋愛中毒 山本文緒・角川書店

恋愛中毒 (角川文庫)

恋愛中毒 (角川文庫)

ドラマが始まるので、予習のために買った本。ドラマを見る前に原作を読むのは初めてかもしれない。というよりもドラマ化される小説自体を読むのが初めてなのか。
いわゆるJ文学のように散文的ではない。かといって三島のように比喩を駆使した文体でもない。普通の文章。だからこそ読みやすいのかもしれない。コミカルな部分も含んでいるけど無駄がない描写。ドラマが始まるまでに終わればいいやと思っていたのに、買ってきたその日に読み終えてしまった。
出てくる人物たちがみんな一筋縄ではいかない人ばかりで、とんでもない行動をする。お互いの損得勘定も見え隠れする。主人公は振り回されているだけだったのがだんだん自分で行動するようになる。
脚本のせいもあるだろうけど、ドラマのおかげで「命が吹き込まれた」と感じたのは創路功二郎だけだった。他の人物は小説の中の方が自然に生きているような気がする。

58 偽完全犯罪 森村誠一・光文社文庫

偽完全犯罪 (ハルキ文庫)

偽完全犯罪 (ハルキ文庫)

森村誠一は読んだことがなかった。情景描写よりも台詞で話が進んでいく。さくさくと読めるのでその気になれば半日もかからない。気軽に読めるのが人気なのかもしれない。
主人公の作家が自分の偽物に悩まされるところから始まる。この場合の作家というのは森村誠一自身だと大部分の人が思うはず。編集者とのやり取りも「普段こんなこと言ってるんだろうな」と思わせる。だから、編集者が「さすが先生、玄人はだしですね」とか「その推理は鋭いですね」なんて褒めている文章はちょっと引く。そういう場面に限って作家の発言がなぜか重大なヒントを与えたりしている。結構ポッと出のひらめきが鍵を握っていることが多い。
一度気になるとずっと気になってしまって、心の底から楽しめなかった。もっと非の打ち所のないトリックを使っているんだと思っていた。ただ意外な視点で展開が変わるところがあって、それは感心した。そうくるか。逆に言えばそれが命の推理小説。

59 連鎖 真保裕一・講談社文庫

連鎖 (講談社文庫)

連鎖 (講談社文庫)

文庫本だけれど厚い。ずっしり。厚生省の食品衛生管理官の仕事が描かれている。書いた当時はその風変わりな素材のために「社会派」という印象が一人歩きしていたらしい。でも作者自身はこれを題材に面白いミステリーが書きたかっただけだという。
汚染食品の横流しのカラクリ部分は何度かページを戻って読み直したりしたけれど、その他は続きが読みたくてどんどん進めた。ミステリーだけれど、400頁近い内容には主人公やその回りの人間の心理や事情が詳しく書かれているので、その描写でも楽しむことが出来た。でもよく見るとこれも台詞の方が量があるのだなあ。

60 家族シネマ 柳美里・講談社

家族シネマ (講談社文庫)

家族シネマ (講談社文庫)

97年芥川賞受賞作。うちで転がっているのを発見して読んだ。
崩壊しているのに家族を演じなければいけない人たちの滑稽な形。主人公は嫌気が差している。仕草一つにも心理的な理由があるので、当然のごとく描写されている。ミステリーを続けざま読んだ後は何だかそれも新鮮だった。
ミステリーは展開に必然性がなければいけないけれど、純文学は厳密なものではない。だから途中「??」という行動を主人公が起こすように見える。何でそうなるの? ここで共感しないと後が全部突っかかったままになってしまう。その他のエピソードは自分を振り返ったり考え直したりして染みてきたのに、一カ所だけ分からなかった。でも劇的な展開ではあった、映像に直すならば。…何でそうするかなあ。

 

【インタビューライター 丘村奈央子】
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