[インタビューズ]日本身体文化研究所 矢田部英正さん 4/4

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日本身体文化研究所 矢田部英正さんへのインタビュー第4回(全4回)です。

「身体」の感覚は「音楽」や「言葉」につながっている

「音楽家のためのボディーワーク」という講座も開設されていますね。

この講座はプロの音楽家を対象にしています。スポーツ選手と同様に、楽器の奏法が筋肉の緊張を高めてしまうケースが多くの演奏家に見られます。そうした身体の歪みや緊張を調整しながら、「からだの自然」に適うような演奏のポジションが取れるようになると、驚くほど音色が変わります。たとえば「低音域を豊かに響かせるためには、からだのどの部分の緊張を緩めなければならないか」といった論理がはっきりとある。声楽はとくに顕著ですが、管楽器でも弦楽器でもそういう変化がはっきりとあらわれる。音の響きを身体で確かめながら、楽譜に書かれた情報をより深く読むようなこともできてくる。

身体のコンディションは音楽に直接的にあらわれますが、身体に頼りすぎると音楽性が痩せてきてしまいます。あくまでも「音楽が身体を導く」という謙虚さをもっていなければなりません。音楽と技術の関係にも同じことが言えますね。

演奏の技術は訓練によって緻密さを増していきますが、それだけでは観客を驚かすことはできても、魂をゆさぶるような演奏にはならない。技術の訓練は非常に大事ですが、世界を感じ取る感覚的な訓練はそれよりももっと根本的な問題です。音楽においては、作曲家が楽曲を授かったときの「啓示」に立ち会うような、そんな体験に行き着くのではないかと思います。

矢田部さんの本は、科学的な内容に触れつつ流麗な文体で書かれているのが特徴でした。書かれる文章にもリズム感があるように感じます。

特定の作家や作品から影響を受けたということはありませんが、中学•高校の頃は文語訳の聖書をよく読んでいました。詩編やイザヤ、エゼキエルといった予言の書には独特の抑揚があって、素直にからだの中に入っていくような心地よさを感じました。子どもの頃はほとんど本を読みませんでしたが、家では常に音楽が鳴っているような環境だったので、言葉も音楽としてとらえてしまうようなところがあります。

文章の作法もまったくの独学ですが、編集や校閲の方々からは多くのことを学ばせていただいています。『たたずまいの美学』を担当してくださった編集者からは「読んでいて風景が浮かぶような、行間のなかに読者を迎え入れるような本を書いてください」ということを言われました。学術論文のなかにも「論文の襞(ひだ)を読む」ような心得がありますが、本当に大事な問題の核心は、言葉で語られなかった余白の部分にある。

『椅子と日本人のからだ』に、運慶の「大日如来坐像」を見て感銘を受ける描写がありますね。

そうですね、あれは衝撃でした。しばらく身動きが取れなくなって、1時間くらいその造形をくまなく観察しました。大日如来というのは密教の最高神で、直接的には太陽のことですが、「宇宙の創生原理」を意味しています。

サンスクリット語には「サマディ」という言葉があって、修行を重ねた最終段階の「宇宙と一つになる境地」を意味しています。ここでいう「宇宙(cosmos)」とは、「世界(universe)」や「自然(nature)」と言い換えてもいいと思いますが、そうした外界の自然と一体になるような感覚を大事に探求してきた伝統が、アジアには非常に古い時代から続いています。

宇宙の創生原理である「大日如来」を彫る者の立場を想像すると、坐った人間の像を通して「人間が宇宙とつながるような感覚を、どうやって再現できるだろうか」という難問を、仕事に忠実であればあるほど強く抱え込んでいたことでしょう。円成寺の「大日如来坐像」はそうした身体表現の最高峰に位置する作品だと私は思います。

運慶のリアルな身体表現を見ていると、そこには創作のモチーフとなるモデルが必ずいたはずです。つまり、運慶と同時代に、あの大日如来坐像のように美しい「居ずまい(坐り方)」をもつ若い修行僧が必ずいたであろうと思います。あの像の写真はいつも座右にあって、坐法のお手本として導きを得ています。

身体が内包する宇宙的な壮大さに魅せられながら、いままで我流の研究を続けてきましたが、モノを作ったり、書いたりしても、本当にちっぽけな形にしかならない。その小さな作品のなかに未完成な命が宿り、かりそめにも心ある方々に伝わることがあったとしたら……。そんな願望があるだけて、何とか明日を生きていけるような気がします。(了)

「身体」から始まって、感覚を必要とするあらゆるジャンルに話が広がりました。でもすべてが再び「身体」に収斂され、気がついたらもう一度自分の中身と向き合っている。ちょっとした旅から戻って来たような感じです。製作やワークショップでお忙しいところ、豊かなお話をどうもありがとうございました!

矢田部英正さんインタビュー  /  /  / 4

日本身体文化研究所

★東大大学院で開かれたワークショップの記事も参考になります

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