[インタビューズ]日本身体文化研究所 矢田部英正さん 1/4

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20130603-095107.jpg私たちの身体は、「骨と肉が一定の秩序で組み合わさった構造物」です。骨格の秩序に従えば、筋肉には余計な負担がかからず、「立つ、坐る、歩く」という動作はもっと美しく合理的になるはず。そんな身体技法を追求しているのが日本身体文化研究所の矢田部英正さんです。すでに姿勢について9冊の著書があるほか、セミナーや大学の講師、椅子作家として活躍されています。実は音楽一家の出身で元体操選手というプロフィールをお持ちで、身体だけでなく音楽や言語表現にも通じるインタビューになりました。(全4回)

体操のケガから「身体」を見つめ直すことに

身体関連の著書で元体操選手というプロフィールは「なるほど」と思ったのですが、ご両親もお兄さまも音楽家と知ってびっくりしました。

祖父と両親が声楽家で、子どもの頃から音楽に囲まれて育ちました。両親も若い頃は生活していくのが大変だったようで、おもちゃがピアノしかなかったことを覚えています。両親は苦労しながらドイツに音楽留学して、父はザールブリュッケンの劇場で歌っていました。その間、私は祖父母に預けられて育ったので、子どもの頃はあまりいい思い出がないんですね。

音楽家というのは肉体労働なので、体育会系のような気質があります。父方も母方もみんな昔はスポーツが得意だったと聞きます。私は子どもの頃から音楽より体操のほうが飛び抜けてしまって、「当然オリンピックに行くだろう」と思っていました。中学の部活で体操部に入って都大会や地区大会で優勝するようになると、さらに上をめざしたくなって高校から朝日生命体操クラブに入りました。

音楽も大好きで、中学からバンドを組んでジャズギターにはまっていました。進路には悩みましたが「音楽は食えないからやるな」と父親に釘を刺され、私も「勉強と音楽では一番になれないけれど、体操なら一番になれる」と思って、何となく体操の方に行ってしまったんですね。動機が不純ですが、それも何かの導きだったのかもしれません。中学•高校•大学と体操浸けの毎日でした。ちょうどバブルの時期と重なるんですがその恩恵はまったく受けませんでしたね。ジャージが正装、という日々です。

子どもの頃から夢に見ていたオリンピックも、大学に入ってからそれがどんなに遠く困難な道のりであるのかよくわかりました。チームメイトにはオリンピック選手が2人いましたし、ソウルやバルセロナ五輪で活躍した池谷幸雄くんともインカレで戦いました。世界のトップレベルの選手を間近に見ていると、自分の実力のほどもはっきり見えてくるわけです。

インターハイ、全日本、世界選手権、オリンピックの表彰台と、競技のステージが上がるほど、演技には「格」の違いがはっきりとあらわれます。競技者の水準によって、同じ「技」に対しても格段に巨大な情報が見えていたりします。とくに体操競技のように技術が複雑な競技では、小さいときから基礎を積み上げていないと、我流ではどうにも太刀打ちできない。そんなことを20代の前半で思い知らされました。

自然な立居振舞いをめざす身体技法への興味はその頃からですか?

大学生のとき手首と肩を傷めて、整形外科医からは「体操を辞めないと治らない」と言われました。吊り輪で酷使する肩はいつも亜脱臼状態で、手首も疲労骨折が慢性化したのをテーピングで固めて演技をしているような状態です。

自分の恩師はオリンピックの金メダリストでしたが、やはり選手時代はケガに悩まされたそうです。先生は「体操を続けながら自分で治していかなきゃダメだ」とよく言っていました。その言葉には「関節に負担がかからないような身体の使い方を身につけなさい」という意味も含まれていたわけですが、若い頃はその真意までは汲み取れませんでした。

スポーツにケガはつきものですが、なかでも体操競技はケガの多い種目で、競技力が高くなるほど身体が壊れていくことは避けられない。ケガに悩まされていた頃は、「技術力が高まるほどに身体の自然が破壊されていく自分たち競技者の現状」が「科学技術の進化によって地球環境が危機に瀕していく現実」と重なって見えて仕方がありませんでした。

同じ頃、ある陶芸家との出会いがきっかけとなって選手生活に大きな転機が訪れました。

彼は私の姿勢を見るなり「まっすぐ立てない人間にまっすぐな逆立ちなどできるわけがない」と言い放ったんです。それから私は姿勢の基礎に立ち返るようになりました。長時間同じ姿勢で立ち続けながら、身体の歪みを観察していると、弱った筋肉を補うようにして身体が自然とバランスをとるようになります。それはある美的な感覚をともないながら、「自己本来の自然がどこにあるか」ということに気付かせてくれました。

姿勢はすべての動作の基本になりますよね。

まっすぐ立つ訓練を始めると、身体のバランスを通して運動の癖や精神的な動きにも気がつくようになります。続けるうちに競技力の面でも目に見えて変化があらわれました。まずケガをしなくなった。そして競技力が飛躍的に向上しました。演技の質が大きく変わり、パワーもアップしました。「まっすぐ立つ」ことに気づいてから引退までの2年間は大きなケガをせずにすみました。

「からだの自然に適った動きを追求する」という視点を見つけてから、人との競争とはまた別の価値が生まれ、それからの競技生活が一変しました。それは決して人との競争はどうでもいい、という意味ではありません。からだが本来持っている「自然な動き」を追求していくことで競技力も飛躍的に向上するので、おのずと人との競争にも最良の結果がもたらされるのです。

それ以上にもっと大事なことは、姿勢の訓練を通して身のまわりの世界をとらえる感覚の変化が生じたことです。身体は環境世界を繊細に感じとるセンサーでもあるので、身体内部への気づきが深まってくると、外界の自然に対しても感覚が開かれてくるのです。日本人は古代・中世の昔から、只管(ひたすら)坐り続ける修行をしてきたわけですが、その理由が少し想像できるような気がしました。(続く)

矢田部英正さんインタビュー 1 /  /  / 

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