世紀末に読んでいた99冊 その1

世紀末に読んでいた99冊 その1

以前「10冊読んだらレビューをアップしていい」という縛りを自分にかけていた時期がありました。95年〜98年ごろだったと思います。年齢にすると23歳〜26歳くらいですね。青いですね。当時の10冊×9+9冊のレビューがあったので、順次出してみます。

まだビジネス書とか自己啓発書というジャンルを知りませんでした。かといって小説ばっかりでもなく、人文社会のディープなところにいくわけでもなく…草や肉の柔らかいところだけ食む雑食系という感じです。忘れていた本もあって、ちょっと新鮮でした。

記述は当時のままです。

1 不実な美女か 貞淑な醜女か

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)
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米原 万里
新潮社
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幼少時ロシアに住んでいて、現在は日本語とロシア語の通訳をしている米原さんのエッセイ。タイトルは「美しい文章だけれど意味がさっぱり掴めない訳か、体裁は整っていないけれど意味やニュアンスが伝わる訳か」の意から。

通訳は両方の言語が話せれば簡単になれるのかと思っていたけれど現実は甘くないらしい。国際会議では専門用語を日露両方で覚えなきゃいけないし、話者も通訳の事情を汲んでくれる人もいれば、用意されたプリントを早口でまくし立てる人もいる。通訳の中でも知らない言葉は勝手に置き換えて伝えてしまって、せっかくオリジナルの話者が良い話をしていたのが台無しになることもある。

通訳の裏話、苦労、得したこと等々、面白く書いてあります。なかなか他の職業の苦労は分からないので(花形だと特に)とても興味深い一冊。一番笑ったのは、英語が出来ない日本企業の社長がいいところを見せようと思って話の最後に「one please.」と加えた話。「ひとつよろしく」と言いたかったらしい。

2 複合汚染

複合汚染 (新潮文庫)
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有吉 佐和子
新潮社
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私が生まれた頃に朝日新聞で連載された、という予備知識はありました。でも「小説」だと思ってました。添加物や公害がどんなふうに登場人物に関わって、どんなふうにストーリーに絡まるんだろうと興味津々だったのですが、この本の主人公は有吉さんです。有吉さんが疑問に思ったことをどんどん専門家に訊いて、いいと思ったことを告知する。

取材でいろんな研究者や企業のお偉いさんにがんがん会いに行くくだりは、自分が出来ないことなので読んでいて気持ちがいい。でも昭和50年の時点でどれだけ日本が汚染されているか、これから先どれだけ無策のまま突っ走って行きそうかも書いてある。あれから20年、少しは規制が厳しくなっただろうけれど、お役所の様子や消費者の意識はあんまり変わっていない気もする。

タイムスリップして昭和30年頃に行ってみたいな、と思ったことがあるけれど、もしたどり着いたら食べるものには注意しよう。今は毒とされている添加物がいっぱい入っていたらしいから。

3 花ざかりの森・憂国

花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)
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三島 由紀夫
新潮社
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三島です。処女作入ってます。後に書かれたものよりも確かにかな率が高くて、ページが何となく白いです。でも文体は何だかもう完成されてる。これが16歳のときの作品ってのはやっぱり凄いや。

買った目的は「憂国」を読むことでした。三島の作品には美の化身のような女性と、男性美を備えた好青年がよく出てくる。これはそんな二人が夫妻で自決する話。最後の夜の描写は詳細に書かれていて、きれい。でも自決の一部始終も詳細に書かれていて、切り傷が一番苦手な私は腕をムズムズさせながら何とか読み終えました。本を持っているのもつらかった。2度目は大丈夫なんだけど。

旦那の台詞は、やっぱり後で本当に自決した三島の内情を連想させる。んー、そんなに単純ではないか。

4 サド侯爵夫人

サド侯爵夫人・わが友ヒットラー (新潮文庫)
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三島 由紀夫
新潮社
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いまだに「戯曲」と「シナリオ」「台本」の区別がよく付かない。とりあえず「戯曲」といわれるものを初めて読みました。登場する人物は限られている。展開する場所も限られている。途中で卜書きが入って「そうか戯曲なんだな」と思い出す。

本で文字を追うのと、舞台で俳優さんを目で追うのとはきっと違う。意味付けもその人や演出によって変わるだろうし。もし機会があれば実際に上演されているのを観てみたいなあ。どんな感じなんだろう。最初は長台詞をトチらないことに感動しそうなので、少なくとも2回観ないとな。

「戯曲」ってのは(「シナリオ」もそうだろうけど)自分で自分の気持ちを言わないと誰も察してくれないんだな。小説は勝手に想像したり、動きの描写で読みとったりする。でも舞台はそんな悠長なことを言ってられないので自然、みんな饒舌になる。作者の言いたいことも全部台詞にのっけて言わせる。その台詞に至るまでの人物の気持ちが自然な流れでないと、作者の言いたいことも浮いてしまいそう。そのへんをどうまとめるかが力の見せ所か。戯曲書きってのも大変そうだな。

5 写真のワナ

新版写真のワナ
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新藤健一
情報センター出版局
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本屋さんで見つけて衝動買い、1日で読了。一枚の写真はいろんなことを物語ると同時に「ないこと」も物語っているように見えてしまう事への危惧。実際に湾岸戦争で有名になった「油まみれの海鳥」の写真を採り上げて、流れた油は果たしてイラクの攻撃によって出てきたものなのか、ペルシャ湾全体に広がっていたのか、そもそも油が流れ出した事自体があやしいのでは、というところまで筆者の取材によって明らかになる。

でもあの写真を見せられて「イラクのせいだよ」とキャプションを付けられれば「そうか」と思ってしまうのが人情。写真の世界では偶然や故意によってそういう「読み違え」が多々発生するらしい。この本は実際の写真を掲載しながらそれらの事例を拾っていく。

どこかに信頼を置くからこそ、提示された写真の意味付けも生きてくる。CNNが嘘八百を並べたニュースを作っている、と誰かが証明したら、もうCNNの映像は(たとえ中に本物があっても)信用されなくなる。写真もどこか拠り所があるから、ある一場面を切り取ったものでもその前後が類推できる。でも故意に偽物の意味で読まされる可能性もある。それも誰も「騙されている」と気が付かないうちに。

まだ自分の周りの写真で出所が怪しいものを見たことがないせいか、頭ではその危険性は分かるものの、実感としては読み終わったあとも湧いてこなかった。あ、でも日々のニュースで触れてるのか、出所が分からない画像は。むむ、もう遅いかも。

6 殺戮にいたる病

殺戮にいたる病 (講談社文庫)
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我孫子 武丸
講談社
売り上げランキング: 879

もっともっとスプラッターな話かと思った。確かに殺害描写は充分スプラッターだったけれど。それが延々と続くのではなくて、主人公が殺人を犯すまでの心情が書いてあるから読みやすかった。あとそれを解決しようとする周りの人の中身も。

一つ悔しいのはラストを読み終わったあとも「は?」と思っただけで、たちどころに今までの疑問が氷解したわけではなかったこと。言われてみてもう一度読んでやっと「そういうことか」と分かった。何でみんな途中で分かっちゃうの?

7 ライン

ライン (講談社文庫)
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乃南 アサ
講談社
売り上げランキング: 171204

原題は「パソコン通信殺人事件」だったらしい。「ライン」のほうが読む前に内容が確かにふくらむ。ネットワークの世界を知っていると、多少なりとも身につまされるというか「あり得ないことではないな」と思ってしまう。メールのやりとりや会議室での発言を見て、私のことを(当時20歳だったにも関わらず)30代の男性だと思っていた人が何人かいた。それだけオヤジな発言を書いていたのか? この本もそんな勘違いから事件が起こる。

確かに端から見れば画面に向かってカタカタと文字を打っているだけだし、その先の世界が実際に在るっていう明確な証拠もないし。パソ通は、やっている本人が思い込んだように先を読みとることが出来る。チャットで「やだー」と書いても、人によっては「照れてるなこいつ」と思うかもしれない。他の人は「本当に嫌がってるんだな」と思うかもしれない。で、本心は確かめようがないから結局受け取り側の読解が正しいと勘違いしてしまう。「馴染んだ会議室があったら、一度オフに出席してお互いの現実を見るのが一番いい」と再確認した本でもありました。会ってびっくりというのもまた面白い。

8 アクアリウム

アクアリウム (集英社文庫 し)
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篠田 節子
集英社 (2011-04-20)
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篠田節子さんのは初めて読みました。それまでずっと三島の文体に頭が馴れていて、いきなりこの本を読んだら正直面食らいました。テンポが早い。3行で半年経っていたりする。

現実から一歩踏み出したらファンタジックな世界だった、というのは嫌いじゃない話なので、結構さくさくと読み進めました。私の場合、嘘の世界の話だったらいくらでもでっち上げられそうだけれど、それに付随する現実の話をリアリティーを持って表に出すことが出来ないので、ちょっと羨ましい。やっぱり自分が経験している分野から入るのが一番いいのかな。篠田さんは役所に勤めていたし、山岳部にもいたらしい。この本にもその知識がいろんなところで使われている。その場面は知らないところだけに説得力がある。もう少し自分もいろんな経験しないとなあ。一つの所で分かったような気でいるのは恥ずかしいぞ。

9 中国の子供はどう中国語を覚えるか

中国の子供はどう中国語を覚えるか【新装改訂版】 ([テキスト])
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李 凌燕(著者) 納村 公子(編者)
語研
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筆者の娘さんがどう中国語を身につけていくかを書いた本。両親は在日の中国人。だから日本語の環境と中国語の環境を行ったり来たりする生活。日本にしばらくいると単語は中国語でも文法が日本式になったり、環境が変わるとその逆になったりする。

小さい頃は音でしか言葉を区別することが出来ないから、耳で聞き分ける能力はその頃に出来るんだろうなあ。大きくなってから改めて違う言語を学ぼうとするとどうしてもテキストから入って、文字を読むことから始めてしまう。きっとこれがいけない。文字から覚えると後で単語を発音してもその文字の形がふっと脳裏をよぎる。文字と意味をつなぐパイプは太くなるけど、音と意味をつなぐパイプは貧弱なまま。だから「あー、この単語は聞いたことがあるし、文字で見れば意味が分かるのに」と思うことがたくさんある。聞いてすぐに意味が分からないと会話では役に立たない。もっとたくさん中国語を聞かないと駄目だー。

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