薄い文と濃い文に出会う 今、本田靖春の濃さがあるか

薄い文と濃い文に出会う 今、本田靖春の濃さがあるか

ネットが普及してから、誰でも発信者になる機会を持てるようになりました。私もその恩恵にあずかる一人です。…その「発信者になるのが当たり前な感覚」にガツンと来るムック本を読みました。
本田靖春—「戦後」を追い続けたジャーナリスト (文藝別冊)
文章力向上サポート!添削&ライティング-本田靖春ムック本画像
本田さんは、ノンフィクションライターとして名を馳せた、読売新聞社会部出身の元記者。すでに2004年、71歳で亡くなっています。私が持っているのは吉展ちゃん誘拐事件と犯人小原保を扱った『誘拐』だけなのですが、そのほかにも『戦後 美空ひばりとその時代』や『不当逮捕』など、昭和の社会を切り取るノンフィクションをたくさん書かれています。

本田さんを振り返るために名だたる作家やライター・学者の方が登場するので、その点でも見応えがある1冊です。五木寛之さん、佐野眞一さん、沢木耕太郎さんなどなど。対談はほとんどが1985年前後のもの。その頃の社会状況や、出版のあり方、取材のあり方、自身が記者として動いていた昭和30年代との違いなどが話題になっています。その頃から今につながるメディアへの危機感があったみたいです。

この、アナログで記事を作ったり流通させていた人たちの「覚悟」が違う。

「出版」とはこういうことだったよね、と。もともとはそちら側の感覚にいたはずなのに、自分はいつの間にか現代のこちら側の感覚になっていることに気づかされます。

たとえば重層的、多面的に物を捉えるのではなく、スピードと効率をどこかで求めている。「ネット上の泥臭い作業」は存在するので意識しますが、「靴のかかとをすり減らず泥臭い作業」はめっきり減りました。むしろそれを避けるためのマニュアルが歓迎されるくらいです。

昔は「文字で発信する」人は限られていて、いろんな条件をクリアすることが必要でした。条件をクリアするために、執筆や準備で考えることは膨大でした。中身がないことを発信してもコストに見合わないからです。

今は、クリックすれば書いたものを見せることができます。でも果たして「考える」ところをちゃんとやれているのかどうか。

本を汚すのが嫌なのでいつもやらないのですが、今回は蛍光ペンを持って気になるところにどんどん印をつけてしまいました。それだけ私にとって示唆に富む内容でした。

たまたま昨日「100ページ以上」を売りにしているレポートを見たんですよね。これが1ページに300字あるかどうか。それも(言っちゃあなんですが)薄っぺらい内容しか書いてありませんでした。いくら紙代がかからないといっても、これは「情報」としてあんまりだろうと。ページをつけて文字を置けばいいってもんではないです。その不満を持ったところにこのムック本だったので、余計に身に染みました。

文章でも「栄養たっぷり」なものと「スカスカ」なものがあります。「スカスカ」でも売れればいい、という考え方もありますが、言葉はただのツールではないし、「売る」以外にいろんな意味を含ませることができます。
「うまく」「心理を突くテクニック」を駆使した言葉はサプリのようなものですね。人工的に栄養が配合されていても、自然に存在する数値以下のミネラルやほかの要素(=行間の豊かさ)がありません。そればっかりを食べて成長できないのも、サプリと同じです。

ネットを毎日回っていると、効率よい文章を書かなければいけない、売れる文章を書かなければいけない、そのためにはこれを買わなければいけない、という観念に慣れてきます。

でもどこかで「いや、それだけじゃないでしょう」と感じる人には最適なムックです。もちろん本田さんのノンフィクションもおすすめです。

本田靖春---「戦後」を追い続けたジャーナリスト (文藝別冊)
誘拐 (ちくま文庫)
我、拗ね者として生涯を閉ず(上) (講談社文庫)
▲絶筆本。(下)もあります

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