[書評]『女中がいた昭和』小泉和子編を読みました

2013年7月25日

20130422-120753.jpg「女中」というと、小間使いとか召使いとか、人に使われている従属者のイメージがありました。女工哀史のようなつらい感じ。でも戦前は中流家庭に珍しくない存在で、一定の役割がしっかりあったようです。

『女中がいた昭和 (らんぷの本)』は薄めの本ですが中身はぎっしり、写真や図版が多くて楽しい本でした。ちょっと前まで存在していた「女中」の暮らしと背景がよくわかります。

明治以前の「女中」の位置づけから始まり、「昭和初期の家事が高度化、煩雑化した」という紹介が新鮮でした。それまでは洗濯は月数回、掃除も簡単という生活が、西洋化のせいで和洋二重生活になり、衛生的に厳しくなってすべての管理が「家庭の主婦」に任されたとのこと。

確かに石鹸が生まれてから「白くきれいに」の文化ができたし、着物には要らなかったアイロンがけが発生。西洋の医薬品が入って家庭で病人の看病をある程度できるようになってしまった。加えて、正月や季節の挨拶、衣服や住居のしつらえ直し、家人の人間関係フォローなどなど。もちろん毎日の食事は味噌をつぶしたり竈を使うところから始める手料理。

一人では無理!という家事ボリュームで、女中さんという職は必然。明治大正期は農村から都会へ出た女性の4大職種の1つだったそうです。ちなみに他は紡績工、事務員、販売員。女中労働は朝6時から夜10時過ぎくらいで働きづめです。でも嫁入り前の行儀見習いや教養づけの意味があり、人気の職業。なるほど。

大正、昭和の住宅設計コンペから「女中部屋」の有無や位置、材質などを探って「女中」の地位を類推する章も面白かった。一定規模の戸建てには必ずあったんですね、専用の部屋が。

当時売られていた『女中訓』などをまとめると、理想の女中は「勤勉で控えめ、でも親しみがある気配りがうまい女性」。そのまま当時の良妻賢母像につながるというのは納得しました。

女性の地位としては低いのですが、これだけ鍛えられる場があったというのは今も見習わないといけないのかも。

女中がいた昭和 (らんぷの本)

女中がいた昭和 (らんぷの本)