世紀末に読んでいた99冊 その3

世紀末に読んでいた99冊 その3

「10冊読んだらレビューをアップしていい」という縛りを自分にかけていた95年〜98年ごろのレビュー第3弾です。年齢にすると23歳〜26歳くらい。記述は当時のままです。

21 女らしさ S.ブラウンミラー 幾島幸子・青島淳子訳 勁草書房

女らしさ

独特の言い回し(訳者の文体)に馴れるまで少しかかった。読み散らかしてそのまんまになっていた本のうちの一冊。

何が「女らしさ」を創り出しているのかなるべく離れたスタンスから眺めてみようという本。髪や動き、皮膚、衣服、言葉などなど。例に挙げられる人々が海の向こうの人ばっかりなのでいまいちリアリティーに欠けるところはある。

「女らしさ」というのは男性側の要求に女性が応えて初めて生まれるものと筆者は思っている。媚びにも似てる。どの要素にしても貞淑と淫乱という相反する概念を程良く含んでいないと正しい「女らしさ」とは認められない。どちらか片方のイメージだけを思い起こさせるような行動や形は、特殊な場面では許されるものの「世の大部分の男性」に認められることはない。女性が「女らしさ」を求めるのは自分自身のためではなく、男性の視線を必ず意識している、という。家庭のしつけの目的もそこにある。何となく分かる。

筆者は女性。もしこれが男性によって書かれていたら説得力は半減していたと思う。男性の産婦人科医師が生理について述べているのと同じような胡散臭さが出てしまうような気がする。書いた人が女性なら、所詮分からないでしょうに、と読んでいるこっちが引いてしまうこともない。

もう一度読み直せば内容をより客観的に読みとることが出来るかも。

22 日本書紀(上)全現代語訳 宇治谷孟 講談社学術文庫

日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫)

日本がどうやって出来たか。神様が降りてきて作ったらしい。とにもかくにも、日本の考え方の基礎というのもこの中にたくさん含まれているような気がする。

キリスト教ならば慎み深く暮らすのが一番とされている。神様もキリスト一人。でも我が国の神様はどんどん子供を産んで育てる。数えるほどしか神様はいないと思っていたら全然違った。次から次へと神様が新しい神様を産んで、いつの間にやらその子孫が天皇の祖になっている。天皇の祖にならなかった神様もいろんな神社に奉られていると書いてある。もちろん伝説なんだけどもこれを読んだら「自分たちは神の国に生まれた神の子だ」と思うかも。情報が少ない何百年も前だったらなおさらのこと。

天上にいた神様が男と女の神様を作って、地上に行かせた。天上に続く柱の周りを二人で回って、女の神様から告白して子供を作ったら失敗した。これは順番を間違えた、ということでもう一回やり直して男の神様から告白したら成功した。失敗した子供っていうのが淡路島らしい。それも失礼な話で。こういうところから差別が生まれるのかな。

熊蘇を討つ話はいくつかあるのだけれど、その中で気になったのが一つ。ある皇子が熊蘇の娘をまず見初めて娶る。これは純粋な気持ちで「お召し」になったのかは記述がなかった。で、その娘は(おそらくは皇子のために)父親を酔わせて短剣で殺してしまう。皇子は実の父親を裏切った娘に憤って殺してしまった。自分はその熊蘇を討つ目的を持っていたのに。ものすごく当たり前のこととして書いてあるんだよねえ。その娘がどうしてそうしたのかとか、考えが至る前に殺しちゃう。女性の命って所詮こんな捉え方なんだなあ、昔から。

天上の神様に矢を放ったら神様が投げ返してその矢が刺さって死んでしまうとか、どの神様とどの神様がくっ付いて子供を作ったとか、とにかく生と死のオンパレード。途中伝説期の天皇が何代が続くけれど、重要でない代は「いつ生まれた、いつ皇太子になった、何人子供が出来た、いつ天皇になった、いつ死んだ、享年百三十五歳」くらいの事しか書いていない。寿命の長さが作りものっぽい。皇子はどこぞの国に美人がいると聞けばまず「お召し」になって妃にしちゃうし、反抗したものは討っちゃうし、隣の任那や新羅の王様はどういうわけかすぐ降伏して贈り物をどんどんくれるし、さすが官僚がまとめただけある。

「返し矢が忌み嫌われるのはこの出来事による」とか「今のこの地名はこの言葉が訛って出来たものである」とか書いてあるけれど(もちろん歴史的に本当かは限りなく怪しい)、それが表す「今」ってのは千年近く昔のこと。書いた当時は分かりやすい話だったのかも知れない。それについての実感はないけど文字が残ることの凄さってのは感じる。千年先の人が自分が書いた文章を読んでこんな感想をインターネットに書いているなんて思いも寄らないだろうから。

清貧をよしとするキリスト教よりは欲望がある神様がたくさん出てくるこっちの方が親近感が湧く。みんな我慢するってことがない。良くも悪くも自然に暮らしてるんだよねえ。それに太陽の神、火の神、穀物の神、水の神、その他いろいろ、どんなところにも神様がいるという考え方は嫌いじゃない。

登場人物は多すぎるので名前は覚えられない。みんな漢字で長い名前だし。知っている人や知っているエピソードが出てくるとちょっと嬉しい。んー、でも下巻を読むのはひと休みしてからにしよう。

23 演劇入門 平田オリザ 講談社現代新書

演劇入門 (講談社現代新書)

演劇界の旗手として平田オリザの名前は知っている。でもまだこの人の演劇を見たことがない。どんな話なのかな。

この本は演劇のワークショップも開いている筆者が、「戯曲を書くこと」が「歌を歌うこと」「絵を描くこと」と同じくらい一般の人にも浸透することを願って書いた入門書。中身は論理的で順を追って丁寧に考え方が書いてある。抽象的な精神論ではなくて具体的な方法論。「演劇によってどうやって巧く観客を騙すか」というのが極論。巧く騙されたな、と思った作品は良い作品だし、どこか不自然さが残る作品はそうではない。もっとも戯曲なんて元々現実にはあり得ない世界を人間が演じて本物に見せるもの。それをどうやって「あるかもしれない」「あったかもしれない」と観客に思わせるか、その方法が書いてある。テクニックというよりは構築の仕方を述べているというか。

対話をさせないと劇は成立しない。その対話を生み出すための設定についての項目が一番興味深かった。他にも演出家と俳優の関係のあり方とか(お互い表現したいものが同じでも表現方法が違うともめる)、演劇をただ出来上がったものとしてみる視点の他に、もう一歩中に入って創り出す過程を見る視点を与えられた。論理が凝縮されている感じなので少し消化に時間がかかるかも。

24 流れる 幸田文 新潮文庫

流れる (新潮文庫)

この本を読み終えた自分は偉い。一回挫折してうっちゃってたのを手にとって、読み終えた自分は偉い。それは褒めよう。

何か大きな事件があったり、主人公が明確な目標を持っていたり、そういう話ならそれを背骨にして話を追っていける。でも買った当時の自分は何にも事件らしい事件も起こらず主人公が観察した人間模様を追っていけるほど根性がなかった。やっと読めたっていうのは、読める下地が自分の中に出来たと思っていいのかな。

三島のような論理的な文体ではない。どちらかというと感覚に頼って、感じたことをなるべく的確な言葉を見つけて紡ごうという感じ。「ひらり」とか「すたすた」のような擬態語もたくさん出てくる。それは見た目にもひらがなの丸さがあるし、読んでいても独特のリズムが出来る。こういう区別はいけないかもしれないけど「女性の文章だな」と思った。観察する目もどこかしたたかだし。花柳界の置屋を舞台にしているから登場人物も一筋縄ではいかない女性ばかり。きれいなところだけじゃなくて醜いところも書いてある。女性って強いよなあ。

25 墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便 飯塚訓 講談社

墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便 (講談社プラスアルファ文庫)

この日はちょうど夏休みの自由研究のために、ペルセウス座の流星群を観測する予定だった。寝袋を持って近くの見晴らしがいい畑に寝っころがって、一晩中流星群を見てまとめるつもりだった。出かけようかと思った午後9時頃、まだ木村太郎がキャスターだったNHK「ニュースセンター9時」はただならぬ雰囲気に包まれていた。

「羽田発の日航機が消息を絶ちました。乗員乗客の安否は不明です。今日は時間を変更いたしまして、このニュースを中心にお伝えいたします」。大事件が起こったとき特有の緊迫した早口で、乗員乗客名簿が紹介される。母親も一緒に行く予定だったのがニュースに釘付けになったのと、こんな日に空を仰いだらジャンボ機が墜ちて来るんじゃないかという恐怖に近い不安とで、この日の観測はやめにした。

生存者がいた、というニュースとその人たちのプライベートについてはとても詳しくなった。でもその裏で身元を確認する作業があったこと、どんなに壮絶な悲惨な現場だったかということについては、この本が話題になるまで全然頭になかった。

警察側で責任者だった筆者が地獄絵図にも似た現場について客観的に書いている。可哀想だとか気の毒にとか、そういう感情を持つほど余裕がなかったし、余裕があってもそんな甘っちょろい同情を寄せるべき所でもなかった。これからについて何か問題提起をするのでもない。本当にこの現場がどんなだったかを書いてある。それだけなんだけど、読み終わったあとは重い。

26 マルベル堂のプロマイド マルベル堂 ネスコ

マルベル堂のプロマイド

昔話として、プロマイドの存在は知っていた。でも今も現役なのね。この本を読んだあと興味が出て実際に浅草まで行ってしまった。でも一坪サイズの店内だったので人が3人入ると満員御礼、あまり堪能せずに帰ってきてしまった。

この本は昔のスター(今はいないなあ、スターは)、アイドル、タレントなどなどのプロマイドを紹介しながらその時々のエピソードを紹介していくスタイル。マルベル堂のスタッフは映画の撮影所にカメラを持って行って、空き時間にスターを撮ることもあればそこらを歩いている新人をつかまえて撮ることもある。売れると思って出したら売れなかったとか、またその逆もあったりの話が詰まっている。マルベル堂のビルに行くと3000円で自分のプロマイドも撮れるらしい。暇があったらチャレンジしてみよう。

27 ヰタ マキニカリス 1 稲垣足穂 河出文庫

星にまつわる話を書いている、と人から聞いて常々読んでみたいと思っていた。新聞広告に文庫本が出る、とあったので出たその日に買ってみた。

いやあ、独特だ。一千一秒物語は短ければ3行、長くても1ページくらいで終わる話の集大成だからまだよかった。でも一つ一つの短編は、話が飛びまくる。それがこの人の世界の作り方なんだろうけど、固有名詞やらそれぞれの関係が説明なしでいきなり書いてあって、さらにそれが何行も続くと、少し情報の消化に時間がかかる。実際読み終わるまで普通の文庫本の倍はかかった。

星とケンカしたり、月にからかわれたり、月を殴ったりする話が多い。月が嫌いなのかとも思ったけど違うらしい。自分が一番好きなのは「土星が三つ出来た話」。

ちなみに「イタ マキニカリス 1」の「イ」はwiの音、「1」はローマ数字です。wiの表記はキーボードのどこを押せば出てくるのか分からないのでちょっとこのまま。マックでカタカナのwiを出すやり方を知っている人、ぜひ教えて下さい。

28 「タイム」誌が見た日本の50年(上)復興と繁栄 「タイム」編集部・越智道雄訳 プレジデント社

「タイム」誌が見た日本の50年〈上〉復興と繁栄

日本で当たり前だと思っていたことがとても客観的に書かれていると意外な感じがする。たとえば「日本は新しい文化と古い伝統がぶつかり合うと新鮮に思えるらしい。着物を着て、畳の部屋でコーンフレークとコーヒーの朝食を取ったり、芸者と遊んだあとにゴルフをしたりする」とか「パナソニックブランドのおかげで日本の嫁は一時間早く起きることもなくなり、家事が出来ないことで実家に帰されるような姑のチェックを受けずにすむようになった」とか。電器のおかげで主婦は家事から解放された、というのはよく聞くけれど日本の文化から見てどうだ、というのは日本の外にいる人しか書けない。そのギャップが面白い。美智子さんご結婚についても、日本だとただただ崇めて差し障りのない事しか書いていないけど、日本人以外は冷静にこのブームを見ている。

元は英語で書かれていたものを訳し直したものだけれど、読みやすい。文章が元が巧いのか訳が巧いのか、すらすら頭に入ってくる。これは上巻で下巻がまだある。でももうこの一冊でレーガンと中曽根の時代まで取り上げられている。どちらかというと現在の日本に重点を置いていて、ただの懐古ものという本ではないらしい。自分は高度経済成長が好きなので、もっとその時代の記述があれば嬉しかったかな。

29 チグリスとユーフラテス 新井素子 集英社

チグリスとユーフラテス

小説「すばる」で夏に連載されていたのを少し読んだ。でもあとがきを見たらこれは96年の夏から単発的に掲載されていたらしい。それがやっと今年になって一冊になった。厚さが3センチはある。

SFとしての代表作がない、と思っていた素子さんが代表作を目指して書いたもの。舞台は未来、地球から惑星間移民してきた人間たちと、人口が減って「最後の子供」になってしまって70年のルナとの話。生まれることと死ぬことと、その間の生きることについての壮大なお話。

素子さんのストーリーは女性が主人公になることが多くて、「あたしはあたし」と主人公が気が付くことで一気に話に勢いが付く。中学生のときコバルト文庫で読み漁ったのが素子さんの本。この「あたしはあたし」思想はたぶん自分の根本になっている。他の人がどうであろうと何を言おうと、「あたしはあたし」、自分を信じてやって行くしかない。本を読むたびにそれを思い出して自分に焼き付ける。今回もそれに近かった。

とても久しぶりに新作を読んだような気がする。ハードカバーで買ったのは珍しい。やっぱり宇宙空間の話を読むと「素子さんここに在り」という感じがする。

30 歌謡界「一発屋」伝説 宝泉薫 彩流社

歌謡界「一発屋」伝説 (オフサイド・ブックス)

寄った本屋さんで平積みになっていた。表紙を見ててっきり「別冊宝島」だと思った。これも戦法か、思いっきり引っかかってしまって衝動買い。でも面白かったからいいや。

70年代からの「一発屋」といわれる歌手と曲のレクイエム。500人以上の名前がある。これだけ「一発屋」が集結すると何だか後ろ向きのパワーが凄いというか。それぞれの時代背景も丁寧に(というか筆者の思い入れたっぷりに)書いてあるので、その時代を知っている人には懐かしく感じられるはず。

自分が記憶に残っているのは80年代に入ってからかなあ。それでもレコードを買う程成長していなかったし、熱心にヒットチャートを追っていたわけでもないので、あまりにマイナーすぎるところはやっぱりよく分からない。でも知らなかった裏話やら歌手の名前を知ることが出来たので良かった。

最近の予備軍まで名前が載っている。これを書いたのはたぶん去年の秋だと思うけど、その時点で筆者の中ではkiroroが一発屋の仲間入りをしていたらしい。その辺に目をつぶれば面白い本。夕飯食べるのも忘れて3時間で読了。

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