[インタビューズ]リベラルアーツ研究家 麻生川静男さん 3/3

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リベラルアーツ研究家 麻生川静男さんへのインタビュー第3回(全3回)です。

今の人文系研究者は“知的武器”を持っていない

——著書『本当に残酷な中国史 大著「資治通鑑」を読み解く』では1万ページを超える文献から欲しい情報を検索するためにパソコンでプログラムを組んだと書かれています。人文系の研究者で自らプログラミングできる人は少ないのではないでしょうか。

詳しくは本に載せていますが、1万ページある『資治通鑑』を解析するには人力では限界があります。そこで私は特定の語句を検索したり同じ事象が記述された場所を探すためにプログラムを組みました。たとえば『資治通鑑』には人肉食にまつわる記述が何カ所かあるんですが、従来は文献を1ページずつめくって人がカウントするしかありませんでした。でもプログラムを使えば瞬時に出現箇所と出現回数がわかります。

私はもともとエンジニアとして働いていた経験があるのでプログラムを使おうという発想が出てきました。現在の人文系研究者の中では確かに少数派かもしれません。しかし、これからはみんなデジタルでデータを扱うスキルを持つべきだと考えます。

なぜなら、今の中国や台湾のサイトを検索すると、『資治通鑑』や『二十四史』のような歴史書の原文がアップロードされているからです。青空文庫のようなサイトもあります。すでにアップされているデータがあったらプログラムを作って利用することができ、今までより早く精度の高い論文をまとめられます。

——研究のためには文献の解析が必要で、そのためにはプログラミングのスキルが欠かせない?

人文系の研究を1年間まったくやめてプログラミング技術の習得に専念してもいいくらいだと考えています。

今の研究者はみんな同じ道具を使って研究しているようなものです。たとえばA大学のXプログラムを動かしてこの検索をするとか、やり方の道筋が決まっています。アレンジといってもXプログラムが決めた範囲だけで研究の底がすぐに割れてしまう。でも生のデータを自分が研究したい形に合わせて加工・解析できるようプログラムを組めれば、発想もできることも広がります。

高跳びだったら背面跳びばかりで限りがあるでしょう。でも棒高跳びならそれよりはるかに高く跳べます。もっと高く跳びたいと意欲を持ち、“棒”というツールを見つけて練習するから高く跳べるのです。その“棒”にあたるツール、つまり知的武器がプログラミングだと考えます。今の研究者は一生懸命跳ぼうとしてあくせくしても、せいぜい3メートルほどしか跳べません。重要なのは跳ぶ練習をするよりも、まずは知的武器を見つけることです。適切な知的武器を見つけられれば6メートル超えはたいして難しくありません。

——プログラムを駆使した研究にはどんなものがあるんでしょう。

たとえばフランス語の辞書には6万語が収録され「この単語が文献で確認された最初の年」が併記されています。そのデータもネットで公開されています。ということは、その年代を拾って表にすると、フランス語の語彙がどのように増加していったかを示せるわけです。

これを人力で処理しようとするとおそらく教授が6人の学生を呼んで「1人1万語、エクセルに単語と年代を抽出してくれ」と頼みます。学生は汗水たらして頑張って1年くらいかけて1万語分の表を作り、教授が最後に6万語分をエクセルでまとめて結果を出すでしょう。

もしプログラムを利用したならこの作業は簡単です。まず、該当ページのhtmlをダウンロードし、該当箇所から単語を抽出し、いくつかの年代表記に対応してデータを抽出するようにします。データの取りこぼしなど起こりそうなエラーにも対応させます。プログラム自体は1カ月もかからずでき、走らせれば瞬時にいくつもの統計表ができます。

人的コストや金銭的コスト、正確さを考えると、プログラミングは研究者にとってもっともっと高跳びができる“棒”、つまり知的武器なのです。

——自分の問題設定に合わせて処理ができるようになるんですね。

そうです。そのかわり、問題設定をすること、つまり研究に対する意欲や疑問を持つには読書の力が大きいと思います。

ピンポイントの疑問というと浅いと思われそうですが、実は点描画に似ています。点が少ないと図柄が浮かんでこないでしょうが、いくつもの点が集まってくると絵になって見えてきます。疑問を追って思考するのは地道な作業ですが、必ず自分の絵を形づくる1点になります。この点描画の面積は無限大です。

疑問を追っていくと新しい疑問が生まれ、知れば知るほど知らないことが増えてくる。これが先ほど述べた「知のパラドックス」です。それが面白い。

疑問を持たずに本を読んでいると1冊読んだら「はい終わり」で熱がないんですね。でも熱を持って「知りたい」という連鎖が起きると、興味が途轍もない勢いで遠い分野に飛んだり、思いがけず一つにまとまったりします。私の興味が工学から哲学、科学史や言語学などいろんなジャンルに移っているのはこの連鎖があるからです。今はもう、臨界点を超えて次々と止まらない核分裂を起こし、暴走している感じです。

すべてを知るための時間が足りないことは明白で、ゴールに着けないのもわかっています。すべての疑問が解消する前に命が尽きるのでしょうが、あえてこの状態を楽しんでいます。(了)

——

ここには書き切れなかったのですが、読書の話から過去の貨幣の現在価値への換算の話、プログラミングの手順や言語学、最後は量子力学とニュートン力学まで、あれよあれよと縦横無尽に世界が広がっていく楽しいひとときでした。驚いたのはどの話題でも細かく文献名や人名が出てくること。「記憶力がなくて」とおっしゃっていましたが、だとすると私の記憶はないに等しくなりそうです…。

読書という行為はそれだけで独立しているような気がしていたのですが、お話を聞いていて「自分なりの考えを作り、さらに考え続けるための1プロセス」なのだと実感しました。

麻生川静男さんインタビュー  /  / 3

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