何をもって「文章がうまい」というのだろう?

2019年11月10日

先日著書の増刷が決まった先輩ライターさんのブログで、取り上げていただきました。身に余るお褒めの言葉をありがとうございます! その記事からすると私が「とてもいい感じ」に見えるので(書き方本当にうまい)、いろんな方がこちらに来てくださっています。
その中でも、文章に興味がある、文章の書き方にいつも悩む、というコメントが多いです。どちらも文章ブログなので当たり前なんですが、何度もこの問題に突き当たるので「じゃあ、文章がうまいってどういうことなん」というのを、ちょっと考えてみようと思います。
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「うまさ」には2つあると考えます。
1つは芸術的な表現力。
もう1つは内容を理解してもらう伝達力。
両方兼ね備えればベストですが、どちらかだけでも十分に「うまい」の要素を満たせます。で、一般的に狙いやすいのは後者。わかりやすい・伝わりやすい文章ならあるポイントを押さえれば何とかなります。
「うまくない文章」の代表は…? それは「何言ってんだかわかんない」ってやつです。
この「うまくない」要素をなるべく排除する、「うまくない」に陥る危険をなるべく避ける、=「うまい」に近づけるということ。最も手っ取り早いのは「一文を長くしない」ことです。
日本語の特徴は、主語と述語がどんなに遠くなっても文法的な間違いではない、何となく通じてしまうところ。なので、退屈な来賓挨拶のようにいつまでも「。」に巡り会わない長々とした話が可能です。でもこれをやってしまうと「うまくない」!
たとえば。

私は昨日、友達が紹介してくれてとてもおいしいと思ったクッキーが○○で売っていると教えてもらって嬉しくて雨降りにもかかわらず電車で20分かけて買いに行った。

2回も3回も読んでしまったらごめんなさい。下でもうちょいわかりやすくします。
主語は「私」、述語=根幹の行動は「買いに行った」。もう1つ情報を加えるなら「何を=クッキーを」。わかりやすいのは主語と述語が近く、修飾が簡潔な文なので、全部削ぎ落としてみます。

私はクッキーを買いに行った。

これが上の文章で一番伝えたい「骨」の部分。書いているうちに自分でいろんな情報を思い出して、どんどん言葉が追加されることってないですか? 上のはその発作が起きたときの文章。
追加の衝動を抑えないで書き付けてもいいのですが、書いた後は一回深呼吸しましょう。そして分解、わかりやすくなる加工をします。
上の文は、いくつかの短い文になります。「主語+述語」が基本の1セット。

・私は昨日クッキーを買いに行った。
・友達がクッキーを紹介してくれた。
・クッキーが○○で売られている。
・雨が降っていた。
・私は電車に20分乗って買いに行った。
・私はクッキーが買える場所を知って嬉しい。
・そのクッキーはおいしい。

分解してみると7つの骨が見つかりましたね。このあと骨が埋まらない程度の飾り付けをすれば、ぐっとわかりやすくなります。飾り付けがうまいと小説家になったり書く仕事をしやすい人になります。
飾り付けについてはまた次回に。