[インタビューズ]ハーズ実験デザイン研究所 ムラタチアキさん 2/4

[インタビューズ]ハーズ実験デザイン研究所 ムラタチアキさん 2/4

ハーズ実験デザイン研究所 ムラタチアキさんへのインタビュー第2回(全4回)です。

エンジニアとデザイナーの狭間で見つけたもの

理系の視点は、製法や素材までを考慮するムラタさんのデザイン手法にもつながっているんですね。美術系の活動はされていたんですか。

美術部に所属して、部長をやっていました。物理の実験もしながら美術部で絵を描いていました。美術は物理と違って、蓄積された経験や感情などを介して自分の脳裏に生成されたものを手に伝え、手が動いて描くわけです。描くことで頭の中にある事象を第三者に伝えることができる。

これが面白い。頭の中のものが手に伝わるまでのメカニズムがあり、経験や条件が重なり合って出てくる。ただ経験したものを出すならデジカメと一緒ですが、そうじゃなくて、時代性とかそのときの自分の考えまで複雑に絡み合ってアウトプットされるのが面白いと思ったんです。

数学や物理の世界は、ある理論に成り立つある人の研究が学会で発表されて正当性が認められ、新しいスタンダードが積み上げられます。この繰り返しで一歩ずつ、科学の進歩という階段を上っていくんです。

想像力やアートは論理立ててたどり着くものではない。ステップを構築するのではなくてそこにはポーンと飛び越える思考がある。僕が行く道もその辺りにある、と考えるようになりました。

今の仕事に近づいてきました。

でもそれが何という職業かわからないんですよ、当時は。それを「デザイン」というのかもわからない。僕は本屋さんに行って『デザイナーになるには』という本を買いました。

そこには版下や写植、字組み、凸版の説明と、ゴシック体だの明朝体だの文字の種類、色指定とか、……それがデザイナーの仕事だと書いてあったんですね。「えええ、これかよ!」と。「何か違う」と悶々としながら、でもとにかく卒業しなきゃいけなかった。

就職活動ではデザイン職をあたっていたんですか?

当時のゼミ生には理系エンジニアが訪問するような会社しか選択肢がありませんでした。

三洋電機へは、応用技術研究所や中央研究所のようなところに進むつもりで受けに行きました。そのとき面接官に「君は何をしたいのか」と志望動機を聞かれたんです。うちの学科なら普通は半導体のデバイスの物性研究をやりたいとか言うんでしょうけれど、僕はそこで「インターフェイスをやりたい」と言った。

まだ1980年代の初めですよね。その頃に「インターフェイス」ですか。

コンピューターの扱いなんかもどんどん直感的になっていく時期でした。直感的になるにしたがって「インターフェイスを介して、いかにスムーズに伝えるか」で、物事が革新的に変わると思ったんです。さっきの「頭の中身がスムーズに表現される」状態を作り出すこと。それをやってみたいと。でも「そんな部署はないよ」といわれました。

この面接官の松岡さんという方が素晴らしい答えをくれた。彼が「強いていうならデザインかな」と言ったんです。そこが僕の思いと近いことをやっているという。実際にはまだ概念がなくて技術職がインターフェイスをやっていたんですが、松岡さんはそこで「デザイン」というキーワードをくれた。

松岡さんが「どうしてもそっちに行きたいなら、選考用の夏季研修が一週間あるから参加してみるか」という誘いに、僕はそのチャンスを生かすために「行きます」と答えたのです。(続く)

ムラタチアキさんインタビュー  / 2 /  / 

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