第3弾は大阪・中崎町のTシャツ絵師、小橋貞さん。生地の色を抜いてから仕上げる抜染手法とモチーフが織りなす世界観が評判を呼び、テレビや雑誌で多数取り上げられる。ファンは着実に増えている。
小橋さんのTシャツは、力強さと繊細さが共存した独特の雰囲気を持つ。描き込む前に色を抜く手法は珍しいので、「ここにしかないTシャツ」を求める人が口コミで買い求めたり、オリジナルをオーダーする。
小橋さん自身は、ゆったりとした空気をまとって仕事をしている人だ。抜染手法のきっかけも小橋さんらしい。出身の大阪芸大工芸学科・染色コースは関係があるのか聞いてみると「あまり関係ないですねえ」。
「まだ駆け出しのころ、明日の個展までに作品を出さないといけないときがあったんです。でも染料を切らしてしまって。たまたま目に留まったキッチンハイターで描いてみたら色が抜けて、風合いが面白かった。お客さんにも好評だったんです」
染色された糸には奥の色がある。たとえば紺の後ろに赤が潜んでいたり、黒の奥には黄が隠れていたり。キッチンハイターのような塩素系薬品で布をなぞると表の色が抜けて、同じ生地から違う顔が出てくる。
一点ものを作るまで
もちろん絵柄は筆の当て方に左右されるので技術が必要だ。デッサンなど美術の基礎力はどこでつけたのだろうか。
「美術予備校には2年通いました。はじめは芸大の日本画コースを受けようと思ったんですが、試験に人物デッサンがあるのでこりゃだめだと。染色なら静物画を描けばいいというので、そっちを選びました(笑)」
それでも同期20人の中で染色関連の仕事に就いているのは2人しかいないというのだから、導かれる縁があったに違いない。伝統は尊重するが、人の真似をしたくない。新卒で入った寝具関連会社を退職して2000年からTシャツ絵師の活動を始め、一点ものを3000枚以上作ってきた。
「資料を見てストーリーをふくらませ、下書きはほとんどしません。布に向かったとき浮かんだものを描いていきます。動物は必ず目から描き始めて、頭、体と進めます。これだと見つめられているので途中で辞めることができないんですよ」
Tシャツだから生まれる距離感
最近はカラフルなモチーフを描く。東日本大震災を経て「みんなが元気になるものを描きたい」と考えてから色がアンテナに引っかかるようになったという。毎日食べたいものが変わるように自分が描きたいものが変わり、生み出した作品がお客さんに喜ばれる。「Tシャツは、大げさだけれど生きている証」と小橋さんは言う。
オリジナル以外でも「描いてほしい」と頼まれたらそれを描く。好きなミュージシャンのTシャツをコンサートに着ていく人もあれば、自分の脳写真をイラスト化して自己主張をする人もいる。描いたTシャツは着てもらって完成だと思っている。想定外のラインが生まれて、人にシャツが溶け込むのがいい。
今は10月にある個展の準備中。未知の手法やチャレンジは個展で披露することが多い。秋に向けて、また新しい小橋さんの世界が広がりそうだ。
こばし・てい
1970年兵庫県生まれ、大阪芸術大学工芸学科・染色コース卒業。会社員を辞めて2000年から手描きTシャツの制作を始める。2004年、大阪・中崎町に「花音 hanane t-shirt living」をオープン、他のアーティストとも共同で活動の場を広げている。
花音 hanane t-shirt living
公式Site : http://hananetee.blog29.fc2.com/
2011/9取材